広島高等裁判所松江支部 昭和28年(ネ)63号 判決 1956年11月09日
控訴人 原告 二岡伴蔵
訴訟代理人 多田紀
被控訴人 被告 日の丸自動車株式会社
訴訟代理人 花房多喜雄
主文
原判決を取消す。
被控訴人は控訴人に対し、金五万円及びこれに対する昭和二五年一月一日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。
訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。
この判決は、仮にこれを執行することができる。
事実
控訴代理人は、主文第一乃至第三項同旨の判決及び仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする」との判決を求めた。
当事者双方事実上の主張は、双方代理人がそれぞれ左記のとおり陳述した外、原判決摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
控訴代理人の陳述
一、控訴人は被控訴会社米子支社長たる訴外畠山幸一郎に対し、本件小切手の割引という名目で、額面金額相当の金員を貸与したのであるから、被控訴会社が右貸金返還の義務を負担することは当然である。
二、従前の予備的主張のうち、商法第二六二条及び民法第一〇九条に基く主張部分は、ここに当審において、これを撤回し、改めて、商法第四二条及び民法第一一〇条に基き、次のとおり、予備的主張をする。即ち、
三、被控訴会社の取締役であり、且、米子支社長であつた畠山が、仮に、本件小切手の振出、惹いては、これが割引という名目を以てする消費貸借に関し、被控訴会社を代表する権限がなかつたとしても、米子支社長たる畠山は、これを以て商法第四二条にいわゆる支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人であるというべく、右消費貸借契約締結の際、畠山にその権限がないことにつき、控訴人は決して悪意ではなかつたのであるから、被控訴会社としては、同法条による責任を免れることができないというべきである。
四、又、畠山は、被控訴会社米子支社長として、支社の営業上必要な各種物品の購入、従業員に対する給料の支払等に関し、これが処理につき、全面的に委任されていたのである。又、必要に応じ、小切手の振出をなし得る権限も授与されていた筈である。然らば、仮に、本件小切手の割引という名目を以てする消費貸借契約の締結が、同人の権限外の行為であつたとしても、控訴人において、畠山にその権限ありと信ずべき正当の理由を有していたものということができるから、被控訴会社としては、民法第一一〇条による責任をも免れることができないといわなければならない。
五、従前の予備的請求たる民法第七一五条に基く請求部分について。仮に、畠山が本件小切手を振出す権限を有していなかつたとすれば、同人は恰も右権限あるが如く装い、控訴人を欺罔したものであるから、被控訴会社としては、同法条により、畠山の右不法行為によつて、控訴人が被つた損害を賠償すべき責任を負担するものであるというべきである。
被控訴代理人の陳述
支店設立の登記以前において、被控訴会社の米子支社は、商法上の支店に該当せず、単なる一営業所にしか過ぎなかつたのであるから、畠山が米子支社長なる名称を附与されていたからとて、これを以て商法第四二条にいわゆる支店の営業の主任者たることを示すべき名称を附した使用人とみることはできない。又、被控訴会社においては、畠山が随時小切手を振出すことを許容した事実は全くない。唯、社長名義の小切手に関し、米子支社の営業による収入を本社に送金する方法としてのみ、これが振出が許されていたけれども、決して全面的に小切手の振出をなし得る権限を授与していたのではない。燃料の如き消耗品の購入に関し、一定限度の金額の範囲内で、自由裁量による処理を認めていたが、米子支社関係の支出は、原則として、その都度本社に禀議してその指示、命令を受けしめることとなつて居り、決して畠山の独断専行を許していたのではない。従つて、本件小切手の振出を以て、民法第一一〇条の適用を受ける権限外の行為とみることもできない。即ち、商法第四二条及び民法第一一〇条に関する控訴代理人の主張は失当である。
証拠関係は、控訴代理人が当審における証人山根芳吉、三代栄一の各証言及び控訴本人尋問の結果を援用し、乙第七乃至第一二号証の各成立を認め、被控訴代理人が乙第七乃至第一二号証を提出した外、原判決摘示のとおりであるから、これを引用する。
理由
よつて、先ず、控訴代理人の予備的請求たる民法第七一五条に基く請求の適否について按ずるに、当裁判所は右請求は請求の基礎に変更がある原因の変更の場合に該当し、右変更はこれを許すべからざるものと判断するが、その理由は、原判決において説示したところと、その趣旨を同じくするから、原判決中右該当部分を引用する。併しながら、民事訴訟法第二三三条によれば、訴の変更を許さない旨の裁判は、決定を以てこれを告知すべき旨規定されているから、特に、この判決の主文において右訴の変更を許さない旨の言渡をなさない。
進んで、本訴請求について按ずるに、かねてから訴外畠山幸一郎が被控訴会社の取締役であり、且、米子支社長名義で米子市に於ける同社の業務に従事していたことは、当事者間に争がない。原審における証人稲田文三郎の証言及び原告本人尋問の結果、当審における証人山根芳吉、三代栄一の各証言及び控訴本人尋問の結果、右証人稲田文三郎、三代栄一の各証言により真正に成立したものと認め得る甲第一号証並びに成立に争がない乙第二、三号証及び同第八号証を綜合すれば、被控訴会社米子支社長であつた畠山が、昭和二四年九月二七日頃、控訴代理人主張の如き記載内容の額面金五万円の本件小切手を先日附を以て作成し、順次代理人たる訴外三代栄一の使者たる訴外岡粂次郎、稲田文三郎を通じて、控訴人に交付し以てこれを振出したこと、而して、これと引換に控訴人において、額面金額からその一割を控除した残額相当の金員を交付した事実を認めることができる。ところで、控訴代理人が、控訴人は本件小切手の割引という名目で額面金額相当の金員を貸与したものであると主張するのに対し、被控訴代理人は、これを争い、本件は小切手の割引という単純なる取引にしか過ぎず、控訴代理人の主張するが如き金銭消費貸借は成立の余地がなかつた旨主張するところであるが、前顕各証拠を精査して真相を探究するに、元来、畠山においては、他から資金の融通を受ける手段として小切手を振出したものであり、又、稲田から小切手の交付を受けた際、控訴人としては、決して小切手の単純なる売買を目的としたものではなく、小切手に記載せる振出日附当日には、確実に小切手金の支払を受けることを期待し得るものと信じ、被控訴会社米子支社の営業資金として融通する意図を以て、前叙認定の如き金額の金員を交付するに至つた事情が窺われ、たとえ、現実の会話において割引という言葉が使用されたとしても、それは畢竟、被控訴会社米子支社長たる畠山と控訴人との間に成立した消費貸借関係に外ならない。而して、貸金元本は、小切手の額面金額に相当し、又、小切手に記載せる振出日附は弁済期日を表示するものであり、前叙認定の如く額面金額から一割を控除した残額相当の金員を交付したのは、即ち、弁済期日まで一箇月間の利息を天引したものであると解するのが合理的であり、関係当事者の真意に合致するものということができる。被控訴代理人は、本件小切手は、畠山が被控訴会社米子支社長たる地位を濫用して振出したものである旨主張するところであるが、前顕各証拠の外、成立に争がない甲第二号証、乙第四号証、同第六、七号証及び同第一一、一二号証(甲第二号証は乙第五号証と同一のものである)並びに原審証人米原富造の証言を綜合すれば、被控訴会社では、現在は既に、米子市東町三八番地に支店設立の登記がしてあるけれども、かねてから右同一場所に米子支社と称する営業所を設けていたこと、米子支社長であつた畠山は、昭和二四年六月頃から米子市内で、自己個人の営業として、サンダル工場の経営に着手したところ、程なく資金に窮したため、かねてから眤懇の間柄であつた三代及び訴外石原磐男に相談した結果、被控訴会社の社長或いは米子支社長振出名義の小切手或いは約束手形を利用して、他から金融を受けるべく企図するに至つたこと、控訴人が前叙認定の如く、稲田から本件小切手の交付を受けた際、控訴人においては、小切手に記載せる支払銀行に照会した結果、確実に小切手金の支払を受けることを期待し得るものと信じ、被控訴会社米子支社の営業資金として融通する意図を以て、前叙認定の如き金額の金員を交付するに至つたものであること、而して、被控訴会社の取締役たる畠山は、米子支社長なる名称を附与されてはいたけれども(昭和二四年一〇月下旬頃辞任)米子支店の設立登記以前であつた関係上、支社長としての主な職務の内容は、支社従業員の指揮、監督等支社の営業を統轄するに在り、法律上外部に対し、被控訴会社を代表する権限を与えられていなかつたこと、その当時被控訴会社では、米子支社関係として、訴外山陰合同銀行米子東支店及び東京銀行米子支店との間に既に取引関係があつて、そのうち、山陰合同銀行米子東支店には、被控訴会社の社長及び米子支社長名義の各当座預金口座が設けられて居り、畠山は、社長名義の記名、押印の外、社印が押捺してある小切手帳を託され、会計係事務員によつて、これを保管していたこと、併しながら、被控訴会社の内規により、社長名義の小切手の振出は、支社の営業による収入を本社に送金する方法としてのみこれが許され、又、支社の営業上日常当然に必要な消耗品の購入等に関しては、一定限度の金額の範囲内で支社の営業による収入金を利用することが認められ、右限度以上の支出の必要が生じた場合には、その都度本社に禀議してその指示、命令を受けることとなつていたので、従前から支社長名義の小切手を振出すが如きことは殆んど予想されていなかつたこと、況んや、前叙の如き畠山個人の営業資金を捻出する手段として、社長或いは米子支社長名義を以て小切手を振出し、或いは、その割引という名目で他から資金の融通を受けるが如きことは、会社の内規により、これを許されていなかつたことは勿論、本社から黙認されてもいなかつたこと、従つて、本件小切手の振出及びその割引という名目を以てする消費貸借は、いずれも畠山が被控訴会社の内規に違背し、専ら、自己個人の用途に充てんがため、米子支社長たる地位を濫用してこれをなしたものであることが認められる。
さて控訴代理人が予備的に主張する事実のうち、先ず、被控訴会社としては、商法第四二条による責任を免れることができないと主張する点について按ずるに、現在の被控訴会社米子支店と同一場所にかねてから米子支社と称する営業所を設けていたこと、被控訴会社の取締役たる畠山が米子支社長なる名称を附与されていた事情とその支社長としての主な職務内容、被控訴会社と山陰合同銀行米子東支店及び東京銀行米子支店との取引関係並びに米子支社長として、社長或いは米子支社長名義の小切手を振出すことに対する被控訴会社の内規による制限の状況については前叙認定のとおりであるが、昭和二四年頃、被控訴会社は米子支社営業所として、かなり広い敷地の上に事務所、待合所、車庫、車体工場等諸施設の外、約四〇台の乗合自動車を所有し、又、従業員数も一三〇名内外に達し、幾多方面の遠距離路線も開設し、その営業所としての規模、内容が、尠くともその外観上は、支店設立登記以後のそれと著しく異つたものでなかつたことは、これ亦前顕各証拠によつて容易にこれを窺うことができる。而かも、社長名義のものでも、或いは、米子支社長名義のものでも、畠山が全く小切手振出の権限を有しなかつたというのは真実に反し、唯、被控訴会社の内規によつて著しく制限されていたとみるのがその実情に即することは、前顕各証拠を通じ自ら明らかであるが、叙上認定の諸般の事実を念頭に置いて考察するとき、昭和二四年頃における被控訴会社の米子支社は、未だ支店設立登記がなされてはいなかつたのであるが、実質的にみて、商法第四二条にいわゆる支店に該当するものということができ、而して、被控訴会社の取締役たる畠山が附与されていた米子支社長なる名称は、同法条にいわゆる支店の営業の主任者たることを示すべき名称に該当するものと断ずるに難くない。同条立法の趣旨に鑑みるときは同条にいわゆる支店を以て支店として登記せられた場合に限ると解するは狭きに失し、前記の如く実質上支店としての実体を具備する営業所をも含むと解するを相当とする。巷間においても、支社なる名称を附した営業所が支店と称するものよりも上級の営業所とされている機構となつている事例は、決して尠くないところであるが、本件において、被控訴会社の米子支社乃至米子支社長なる名称に関し、叙上の如き評価をなしたとて、敢てこれを以て奇異なるものとなすに当らない。即ち、被控訴会社の米子支社が商法上登記された支店でなく、畠山が米子支社長として被控訴会社を代表する権限を有せず、従つて、畠山が本件小切手の割引という名目を以てする消費貸借契約を締結するが如きことは、被控訴会社の内規に照し、許すべからざる行為であつたことは、正に、被控訴代理人主張のとおりであるとしても、被控訴会社としては、商法第四二条により、畠山が米子支社長として、代理人の使者により締結した本件小切手の割引という名目を以てする消費貸借契約につき、原則として相手方に対し、右契約の効力を否定し得ないことは当然であるといわざるを得ない。然り而して、畠山が本件小切手の振出、或いは、その割引という名目を以てする消費貸借に関し正当の権限がなかつたことにつき、控訴人において悪意であつたとの点については、これを首肯せしめるに足る証拠がない。
然らば、爾余の争点に対する判断をするまでもなく、被控訴会社は控訴人に対し、本件貸金元本金額及びこれに対する弁済期日以降の商事法定損害金を支払うべき義務を負担することは明らかであるから、控訴人の本訴請求は、正当としてこれを認容すべきであるのに拘らず、原審において事ここに出でず、控訴人の請求を排斥したのは不当であるから、原判決は取消を免れない。本件控訴はその理由がある。
よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、第九六条を、仮執行の宣言につき、同法第一九六条第一項及び第三項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 組原政男 裁判官 黒川四海)